音楽を流せば自律神経が落ち着く、と考えてよいのか。それに合わない結果を出した研究を紹介する。
Roqueら(Clinics 2013、ブラジル)は、18〜35歳の健康な女性40人に、リラックス系とされるバロック音楽(パッヘルベルのカノン)と、興奮系とされるヘビーメタル(Gamma Ray「Heavy Metal Universe」)をイヤホンで5分ずつ聴かせ、心拍変動(HRV)がどう変わるかを調べた。音量はどちらも70〜80 dB。このうち19人には、さらに90 dBの白色雑音(テレビの砂嵐のような音)も聴かせている。バロックやヘビーメタルが好きな人、楽器の経験がある人は除いた。
心拍変動(HRV)とは
心臓は一定のリズムで打っているように見えるが、1拍ごとの間隔は少しずつ揺れている。この揺れの大きさが心拍変動(HRV)である。揺れが大きいほど副交感神経(体を休ませる神経)がよく働いていて、リラックスしている状態とされる。揺れが小さいと、ストレスがかかっている状態とされる。
音楽の研究では、音楽を聴いてHRVが上がればリラックスした、と解釈することが多い。著者らも最初は、バロックを聴けばHRVが上がり、ヘビーメタルを聴けば下がる、と予想していた。
結果
- バロック(リラックス系)でもヘビーメタルでも、HRVは下がった(全体の揺れの大きさを表す2つの指標が低下)
- 白色雑音(90 dB)では、副交感神経の働きを表す指標が下がった
- 白色雑音も聴いた19人では、音楽での低下は同じ傾向だったが、有意差はつかなかった
リラックス系の音楽でも、5分聴いただけではHRVは上がらず、むしろ少し下がった。著者らの予想の前半は外れた。
著者らの説明
- 2つの音楽は同じ音量(70〜80 dB)で聴かせている。白色雑音でも副交感神経の指標が下がったことから、曲の種類ではなく音量がHRVを下げたのではないか、というのが著者らの説明である
- ヘビーメタルについては、急なストレス反応でHRVが下がったと見ている
- 同じ曲でも部分によって自律神経の反応が変わるという先行研究(Bernardiら 2009)があるが、本研究は5分間の平均で見ているので、曲の中の変化は追えていない。著者らはこれを限界として挙げている
- 5分聴いたときの反応と、何ヶ月も続けたときの効果は別である。8ヶ月の音楽療法でHRVが改善した報告を引いている
対象は女性だけである。音楽への体の反応には性差があるので、男性には当てはめないよう著者らは書いている。
この論文からわかること
- 70〜80 dBの音楽は、リラックス系でも興奮系でも、5分聴くとHRVを少し下げた
- 70〜80 dBは、リラックス系の音楽でも副交感神経の働きを下げる音量だった。妊婦にすすめるなら、これより控えめな音量で、自分で選んだ穏やかな音楽を聴くのがよいと思う
- 病棟や診察室のBGMは、リラックス音楽だからと安心せず、音量を測って運用する価値がある
外来で「クラシックを流していれば赤ちゃんに良いと聞いたんですが」と聞かれたとき、以前は「いいと思いますよ」で済ませていた。今は「お母さん自身が好きな曲を、心地よい音量で、自分のペースで聴くのが一番です。大きめの音で流すと、曲の種類に関係なくリラックス度が減るという報告があります」と答えるのが正解かも。
音量も決めて出す
薬を出すときは、適応・用量・投与経路・期間・副作用を考える。音楽療法をすすめるときは、これらを曖昧なまま「気持ちよく聴いてくださいね」で済ませがちである。Roqueらの研究は、リラックス系とされる音楽でも、70〜80 dBで5分聴くとHRVが下がることを示した。音楽療法に副作用はないと考えてきたが、そうとは限らない。産科で音楽療法を使うなら、曲・音量・時間・環境を処方箋と同じように決めて渡す必要がある。