音で血流が良くなるという研究


「冷え性をなんとかしたい」という訴えは、産科の外来でもよく聞く。女性には、冷えに困っている人が多い。

名古屋大学のグループが示したのは、70Hz前後の音を2分間手に当てるだけで、皮膚の血流が約20%増えるという結果だ。鍵は、血管の内側を覆う内皮細胞だった。

「音は耳で聞くもの」というのが常識だが、この論文では「耳で聞くのではなく、体で聞く」ということが、科学の言葉で証明されている。「体で聞く」というのを証明したい私にとっては興奮する研究だ。

低周波の音が「血管の壁」に効く

研究チームはまず、換気扇や回転ポンプといった日常の機械が出している騒音を録音するところから始めた。低周波騒音は、長年「体に悪いもの」と考えられてきた音域だ。ところが、特定の条件で短時間だけ当てると、皮膚の血流が増えるという良い現象が見つかった。

いろいろな周波数を試した結果、60〜100Hzの純音で血流増加が確認され、中でも70Hz・85dB(Z)が最も効いた。音の強さ85dB(Z)というのは、普通の会話と同じくらいだ。2分間、手のすぐそばにスピーカーを置くだけで、血流画像が変わっていった。

では、どこに効いているのか。研究チームは丁寧に原因を絞り込んでいる。

  • ヘッドホンで耳に同じ音を聞かせても、手の血流は変わらなかった → 耳(聴覚)は関係ない
  • マウスの内耳を薬で壊しても、血流が増える効果は保たれた → 前庭系(バランス感覚)も関係ない
  • 血流の波形を詳しく解析すると、血管内皮由来の活動だけが選択的に上がっていた(この部分は私には理解が難しかった)
  • 決定打は、一酸化窒素(NO)の産生を阻害する薬を投与すると、血流増加が部分的に抑えられたこと

つまり、音は皮膚の下にある血管内皮細胞に直接届いて、NOを出させ、血管を広げている。耳を介した反射ではなく、音が組織を振動させて血管に作用しているということだ。我々も音とNOの関係を探っている。この研究は、嬉しい。

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短期はプラス、長期はマイナス

もう一つ興味深かったのは、著者たちが「紫外線」を類比に出していたことだ。紫外線も短時間浴びれば血管を広げて血圧を下げる効果があるが、長時間浴び続ければ皮膚も血管も傷む。低周波音もこれと同じで、短期曝露は有益、長期曝露は有害。同じ組織に効くけれど、浴びる時間次第で結果が真逆になる。

論文の中に「sound spice®」(音のスパイス)という商標登録済みの言葉が出てくる。環境騒音から有益な成分だけを切り出して使う、という発想だ。将来私が目指している音の処方みたいだ。

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産科・臨床での応用可能性

この研究が面白いのは、応用範囲が広いことだ。論文では冷え性・褥瘡・糖尿病性循環障害の予防が挙げられているが、産科医として考えると、他にも可能性が広がる。

  • 妊娠中のむくみや末梢循環不全
  • 不妊治療における子宮・卵巣周囲の血流改善(※手への効果の論文なので応用は慎重に考える必要がある)
  • 帝王切開・分娩後の傷の治癒促進

もちろん、この論文が示しているのは手の皮膚血流という限定された領域の話で、そのまま子宮血流や深部血流に外挿はできない。ただ、「会話レベルの音量で2分、特別な装置も薬もいらない」というハードルの低さは、臨床応用を真面目に考える価値が十分にある。

冷え性で困っている患者さんに、まずは使えたらいいな・・と思いながら読んだ。

参考文献
Deng Y, Ohgami N, Kagawa T, Kurniasari F, Chen D, Kato M, et al. Vascular endothelium as a target tissue for short-term exposure to low-frequency noise that increases cutaneous blood flow. Sci Total Environ. 2022;851:158828.