40Hzの光と音で、脳のリズムを取り戻す─アルツハイマー病の新しい治療の可能性
この論文は、40Hzの光と音を毎日1時間浴びるだけで、軽度アルツハイマー病患者の脳萎縮の進行が止まり、記憶テストの成績が上がった、という報告である。MITのLi-Huei Tsai教授らのグループが、長年マウスで積み上げてきた知見をヒトに橋渡しした、パイロット試験だ。
ガンマ波を外から呼び込む
アルツハイマー病の脳ではガンマ波(30〜80Hzの脳波)が乱れている。注意や記憶に関わるリズムで、神経細胞同士の同期をとる役割を担っている。
Tsai教授らは、40Hzで光を点滅させ、同じリズムでクリック音を鳴らすと、脳のガンマ波がそのリズムに引き込まれることをマウスで示してきた。アミロイド斑が減り、神経炎症が抑えられ、記憶も改善した。この手法にはGENUS(Gamma ENtrainment Using Sensory stimuli)という名前がついている。
フェーズ1試験──脳の深部まで届いていた!
最初の試験は、健常若年13人・健常高齢12人・軽度AD16人で、単回曝露の安全性と脳への到達を調べている。光・音・光+音の3条件を比較すると、複合刺激が最も40Hzに同調した。軽度AD群では前頭部の電極に同調が集中し、健常群はもっと広い範囲に同調が出ている。
すごいのは、難治性てんかんで脳に電極を留置している患者2名にも協力してもらっている点だ。男性2人、19歳と35歳。海馬や扁桃体に直接刺さっている電極からの記録なので議論の余地がない。結果、直回・扁桃体・海馬・島皮質まで40Hzの振動がしっかり届いていた。
表面に当てている光と音が、記憶を司る深い場所まで届いている。意外な事実だった。

フェーズ2A試験──3ヶ月の在宅使用
軽度AD患者15人を、40Hz光+音群(active 8人)と、定常光+ホワイトノイズ群(control 7人)にランダムに割り付け、自宅で1日1時間、3ヶ月使ってもらった。
その結果、
- 脳室拡大: control +4.34%、active +1.33%(p=0.024、効果量 d=0.59)
- 海馬萎縮: controlで有意進行(-1.75%)、activeでは有意な変化なし
- デフォルト・モード・ネットワーク(記憶に関わる)の結合性: controlで低下、activeで維持
- 内側視覚ネットワークの結合性: activeのみ増加
- 顔と名前を結びつける記憶テスト(FNA-DRT): active +3.75点(p=0.004)、control -1点
- 手首のセンサーで測った日々の生活リズムの規則性(Inter-daily Stability): active群でのみ改善
MMSE・MoCA・ADAS-Cogといった総合的な認知機能スコアには差が出なかったが、早期ADに鋭敏な一部の指標では改善が見られた。

「顔と名前が思い出せる」
臨床医としてこの論文で一番印象深かったのは、顔と名前のテストが改善した、という結果だ。MMSEの総得点は動かなくても、家族の顔と名前が結びつくというのは素晴らしい。
認知症の診療現場では、本人だけでなく家族も辛い。家族の顔が分からなくなる、生活リズムが乱れて夜中に動き回る──こうした変化が、介護者を疲弊させる。この研究は脳のMRI所見だけでなく、家族を認識できること、昼夜のリズムを保てることという、介護現場にとって嬉しい結果だったと思う。
この研究では、薬でも手術でもなく、光と音だけで、ここまでの結果が出たという事実は、注目に値する。