超音波を低い強度でパルス状に照射する使い方がある。低出力パルス超音波(Low-Intensity Pulsed Ultrasound, LIPUS)といい、骨折の治癒促進に用いられ、日本でも骨癒合促進で保険収載されている。熱を発生させない範囲の振動を組織に与えて、細胞の機能を変化させる手法である。
これを胎児に照射した動物実験が報告されている。台湾Chang Gung Memorial Hospitalの産科・リハビリテーション科・生体医工学・生理学による合同チームのHungらの研究で、胎児発育不全のラットにおいて脳の障害が軽減された。
胎児発育不全に対する出生前介入
胎児発育不全(FGR)は世界の妊娠の約10%にみられ、周産期の死亡と病気の主な原因のひとつである。生き延びた児にも神経発達の障害が残ることがあり、行動や運動の問題から脳性麻痺まで幅がある。後年の心血管疾患や代謝疾患との関連も報告されている。
問題は、出生前に有効な介入が確立していないことである。胎児の脳の構造と機能を改善する方法は現時点で存在しない。
著者らはこれまで、成熟ラットの外傷性脳損傷および脳虚血モデルでLIPUSの神経保護効果を報告してきた。同じ効果が胎児にも及ぶかどうかが、本研究の問いである。
母体腹壁経由での照射
妊娠ラットを3群に分けた。無処置群、合成ステロイドのデキサメタゾン(200 μg/kg、皮下投与)で発育不全を誘発した群、およびデキサメタゾンにLIPUSを併用した群である(母獣は各7匹)。
LIPUSは母体の腹壁から胎児へ照射する。周波数1 MHz、強度500 mW/cm²のパルス波を、妊娠14日から19日まで毎日15分(5分照射と5分休止を3回)。治療用超音波として用いられる強度(3 W/cm²)を下回る非熱性の条件である。
評価は2つに分けている。一部の母獣は妊娠20日に帝王切開し、その時点の胎盤重量・胎児体重・胎児肝重量と胎盤の組織を調べる。この群は取り出してしまうので出生後は追えない。残りの母獣はそのまま経腟分娩させ、生まれた児の脳組織と神経行動を生後1日および18日に評価している。
体格・神経行動・脳組織の改善
体格が改善した。デキサメタゾンで低下していた胎盤重量・胎児体重・胎児肝重量が、LIPUS群ではそれぞれ21.3%・9.7%・20.2%高かった。
神経行動も改善した。生後18日に、歩行、伏臥位からの起き上がり、傾斜面での定位、後肢懸垂、台の縁の回避という5課題で評価したところ、発育不全群で低下していた成績が、LIPUS群ではいずれも有意に改善していた。
脳組織では、大脳皮質の神経細胞数と、脳梁のミエリン(神経線維を包む鞘で、信号の伝導速度を保つのに必要)の密度が増加していた。一方、脳の免疫細胞であるミクログリアの数は3群間で差がない。炎症の抑制を介した効果ではない、と読める。
胎盤では、母体から胎児へグルコースを輸送する担体GLUT1が増加していた。胎児の体格の改善は、栄養輸送の増加を介したものと考えられる。
生後1日の脳では、神経栄養因子BDNFが発育不全群より59.9%、胎盤増殖因子PlGFが35.8%高かった。著者らは、BDNFの増加と胎盤のグルコース輸送の改善が効果の主体であると結論づけている。
推定される機序
著者らが提唱する経路は次の通りである。LIPUSが脳のBDNFの発現を高め、その下流で細胞内シグナル(CaMKIIとAkt)が活性化し、神経細胞の生存とミエリン化が保たれる。胎盤側ではグルコース輸送が増加し、胎児の成長が促される。
ただし、超音波の振動を細胞がどのように受容しているかについて、本論文は踏み込んでいない。可聴音や低周波振動については、細胞膜の機械受容チャネルが変形を感知してカルシウムを流入させ、遺伝子発現を変化させることが知られている。MHz帯のLIPUSでも、組織に加わる最終的な作用が周期的な変形である点は共通しているはずである。ここが明らかになれば、可聴音と超音波を同じ枠組みで扱えるようになる。
限界
著者ら自身が挙げているものを書いておく。
- デキサメタゾン誘発モデルのみで検討している。ヒトの胎児発育不全でステロイド曝露は例外的であり、子宮動脈結紮や低栄養など他のモデルでの確認を要する
- ラットの胎児発育にもヒト患者の標的組織にもLIPUSの有害な影響は認められていないが、ヒトの胎児と胎盤への生体エネルギー的な影響は未解明である
- 胎盤が子宮後壁にある場合、子宮筋腫が介在する場合、胎児の頭部が母体腹壁から離れている場合は、超音波が到達しない可能性がある
臨床で伝えたいこと
胎児発育不全で最も問題になるのは脳の発達である。本研究のLIPUSは、体重と脳の両方に効果を示した。骨折治療での臨床実績があり、非熱性であるため組織障害のリスクも低いと著者らは位置づけている。
妊娠中の介入は薬物か外科的手技に限られる、という前提に、物理的刺激という選択肢が加わる可能性がある。ただし、周波数・強度・照射部位・照射時間のいずれについても、ヒトに適用するための安全基準はまだ定まっていない。
現時点で妊婦にLIPUSを勧められる段階ではない。それでも、非侵襲・無痛・非薬物で胎児の脳発達を支持する手段が原理的に存在する。産科治療の選択肢として、音と振動を意識しておきたい。