胎児の脳はいつ母の声を聴き分け始めるのか、満期前に起きている聴覚可塑性


産科医として、「お腹の中に向かってたくさん話しかけてあげてください」と伝えることがある。この言葉に裏付けを与える論文がある。早産児に母親の声と心音を聞かせると、聴覚野の発達に差が出るかを調べたランダム化試験である。

ハーバード大学関連のBrigham and Women’s Hospitalを中心としたWebbらの研究(2015)は、早産児に母親の声と心音を追加で聞かせた群と、NICU(新生児集中治療室)の通常の音環境だけで育った群を比較し、聴覚野の厚みをクラニアル超音波(頭の大泉門から脳内を観察する超音波検査)で測定した。

1日3時間、母の声と心音

対象は在胎25〜32週で生まれた早産児40人。全例がNICUで管理されている。介入群には、母親自身の声と心拍音(母体心音をデジタル聴診器で録音したもの)を、保育器内に設置したMP3プレーヤーとマイクロ音響システムから1日3時間(45分×4回)、生後1ヶ月の評価まで聞かせ続けた(平均曝露日数23.6日)。音声は400Hzのローパスフィルタで、子宮内で聞こえる音に近づけて加工してある。対照群はNICUのふだんの音環境(人工呼吸器、輸液ポンプ、モニター、アラームなど)のみである。母親の音源はピークが65dBAを超えないよう抑え、平均58.6dBAと会話程度の音量で流している。

聴覚野だけが厚くなった

生後30±3日(月経後週数は平均33〜34週)にクラニアル超音波で撮像し、聴覚野の厚みをTTD(経側頭径、脳の横幅)で正規化して比較した。母親の声と心音を聞いた群では、左右の聴覚野が対照群より有意に厚かった(右:P<0.001、左:P=0.015)。頭囲、前頭角幅、脳梁幅には差がなく、効果は聴覚野に限られていた。

数週間の聴覚入力だけで、脳の一つの機能領域が構造として区別できるほど育つ。驚いた。

胎内で聴くはずだった音を戻す

著者らは、本来なら胎内で浸かっていたはずの母親由来の音(声と心音)を、早産で途切れた後も子宮外でできるだけ再現して届けることに意味がある、と論じている。NICUの音環境(同グループの測定では日中の等価音レベル約60dBA、500Hz以上の高い音が時間の57%を占める)は胎内の音環境とは質が違い、神経発達に好ましくない可能性がある、と著者らは見ている。

著者らの主張は、胎内で聴くはずだった母親の音を早産で失われたぶん戻すことが、病院環境の悪影響を打ち消す方向に働くかもしれない、というものである。聴覚野は環境騒音より母親の音に適応しやすい、とも書いている。ただし、臨床的な利益はまだ推測の域で、この構造変化が将来の聴覚や言語にどう結びつくかは分かっていない、と著者ら自身が明記している。

腸音は含まれていない

Webbらが聞かせたのは母親の声と母体心音を重ねた1本の音源で、腸音は含まれていない。声と心音のどちらが効いたのかも、この設計では分けられない。Pargaら(2018)が妊婦の腹部で実録音した胎内音では、最もエネルギーが大きく最も頻繁に鳴っていたのは腸の不規則なパルス音で、心音は主役ではなかった。胎内音の主成分を欠いた音源でこれだけの効果が出た、と読むべきで、腸音を加えた場合に聴覚野の伸びが変わるかは検証されていない。

「お腹の赤ちゃんにたくさん話しかけてあげてください」は根拠のないメッセージではない。母親の声は聴覚野の発達に関わるようだ。

参考文献
Webb AR, Heller HT, Benson CB, Lahav A. Mother's voice and heartbeat sounds elicit auditory plasticity in the human brain before full gestation. Proc Natl Acad Sci USA. 2015;112(10):3152-3157. doi:10.1073/pnas.1414924112