胎児が母の声に心拍で応答すること、父の声にも反応することは、Kisilevskyら(2003)やLee & Kisilevsky(2014)の研究で示されている。では、その応答は何週から始まり、どう変わっていくのか。何週から話しかける意味があるのか。
Kisilevsky & Hains(Developmental Science 2011、カナダ・クイーンズ大学)は、在胎29〜40週の低リスク胎児143例で、母の声を聞かせたときの心拍の変化を週数ごとに比べた。母親が絵本(Bambi)を読んだ録音を、母体腹部から10cm上のスピーカーで平均95 dB(A)、2分間流し、その前後の心拍と比べる。データは2002〜2006年の別の研究で正常対照として測った胎児を集めたもので、1人につき1回の測定である。29〜31週・32〜34週・35〜37週・満期(37週超)の4群に分けた。
結果
週数が進むにつれて、応答は3段階で変わった。
- 29〜31週(12例):母の声を流しても心拍は変わらない
- 32〜34週(13例):心拍がいったん約8 bpm下がり(声の開始から32秒で底)、その後10 bpm上がる。下がってから上がる、という2相の応答がここで初めて出る
- 35〜37週(82例):同じ2相だが、下がり幅は2.8 bpmと小さくなり、上がった状態(最大+7 bpm)が長く続く
- 満期(36例):下がる相がほぼ消え、声の開始から10秒以内に約6 bpm上がり、声が終わった後も2分続く
心拍が上がった胎児の割合も週数とともに増えた。29〜31週で33%、32〜34週で46%、35〜37週で69%、満期で83%である。ただし、偶然より多いと言えるのは35〜37週(p=0.02)と満期(p<0.01)だけで、32〜34週の46%は偶然の範囲を出ていない。32〜34週の応答は、群全体の心拍の平均で見ると2相の型が出ているが、一人ひとりで見ると反応する胎児はまだ半分に届かない。
著者らの解釈
声が始まった直後に心拍が下がる反応は、乳児や成人では、注意を向けたときの反応(定位反応)として知られている。著者らは、32〜37週の胎児は母の声に注意を向けて処理している段階、満期の胎児は覚えた母の声を認識している段階、と推測している。
背景として著者らは次の点を挙げている。
- 音そのものへの聴覚は29週ごろに立ち上がる(聴覚経路の髄鞘化が26〜28週、脳幹での伝導の成立が29週)。母の声への応答はその数週後に出る
- 32週前後で胎児の自律神経の働きが大きく変わるという報告がある
- 満期の胎児は母の声と他人の女性の声で違う反応を示すので、心拍応答の変化は心臓や神経の成熟だけでは説明できない
- 応答が出るまでの時間が長く、持続も長いので、大きな音への脳幹反射とは別の、脳幹より上での処理と考えられる。部位は不明
この論文からわかること
- 健診での「話しかけてください」という指導は、応答が満期の形に向かう34〜40週に合う
- 32週より前に生まれた赤ちゃんは、母の声への応答が始まる前に生まれている。応答は生まれてから育っていく
- 32〜36週で生まれた赤ちゃんは、応答が始まった時期に生まれている。生まれた後も、母の声は届いている
外来では、胎動を感じ始める頃(18〜22週)、音に反応し始める頃(29週ごろ)、母の声に応答し始める頃(32週〜)を分けて説明すると、妊婦に伝わりやすい。「32週ごろからお母さんの声への反応が始まります。そこから出産までの2ヶ月は、話しかけが届く時期です」と伝えたらよいのだろう。
我々も子宮内の音環境を研究している。在胎週数によって効く刺激が変わることを、研究の設計に入れる必要がある。
産科医として
外来では、赤ちゃんは毎週少しずつ大きくなっている、と連続的な成長として説明しがちだが、母の声への応答は32週前後で変わる。産科では32週を越えれば長期予後への影響は小さいという感覚があり、娩出に踏み切りやすくなる週数でもある。しかし母の声への応答はこの32週から始まる。体格や肺の面では娩出できる週数が、聴覚と自律神経の応答が育ちはじめる週数と重なる。早期娩出の判断では、このことも考えに入れておきたい。